俺たちは一体何から逃れようとしているのか?
子供の頃から自由になりたい。
これは人間ならみんなそう思ってきたのではないか。
では、その自由とは何なのか?
昨日はそんな事を考えながら、訪問の間運転をしていました。
で、俺が思っている今の結果は
有限の枠の中の一番外側です。
どういう意味か?
そもそも自由というものは何か枠がある。
なぜなら、この世界は物質的にも非物質的にも制限があるからだ。
まず、物質的にというのは身体をとっても関節の可動域や身体能力という制限がある。
ロボットとは人間は違う。
そして、非物質的というのは、思考を例に取ってみたらすぐわかる。
人間は学んで脳にストックしたものを超えて物事を考えることはできない。
解剖学や生理学をわかっていなければ、その患者さんの体がどうなっているのか、どこを治療したら良くなるのかを考えることができない。
つまり、能力的には不自由だということ。
だけど、この思考する力もまた有限である。
だから、人間は物事を研究してその知見を広めようと意識しているのではないかと。
つまり、枠をできるだけ広げようとしているのではないか。
そんな事を考えながら俺は生きている。
世の中は面白いし人生は面白い。

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