昨日は初柳屋のホルモンを食べました。
というのも、土曜日の最後の患者さんの家の近くに有名人達も御用達の小田原では有名な柳屋があります。
患者さんが、16時開店でお土産で頼めるよとのことでしたので
患者さんお薦めのハラミを2人前、しろを1人前、チートを1人前
お持ち帰りしてきました。
そして、家に帰る途中に小さい魚屋があるんですよね。
で、通り過ぎようとしたところ生しらすの旗が立っていたんですよ。
もちろん、停止。
中に入ると、青いディスポの手袋をしたギャルおばさんがいて
生しらすをくださいと言ったら、
「おにーさん、今日はラッキーですよ!この生しらすを食べたら他のは食べられなくなるよ!洗わなくてもいいから、そのまま食べて!本当にお兄―さん今日は
ラッキーですよ!」
とものすごいテンションで俺に話しかけてきました。
あれは、俺でもちょっと引きましたが、そのしらすは本当に美味しかったですよ。
そして、柳屋のホルモン。
ハラミは長ネギがたくさん乗っていて美味かったです。
チートとしろも美味しいかったです。
でも、めちゃくちゃうまい!とはならなかったですね。
やっぱり、生牡蠣の方がうまいかな俺にとっては。
このうまさというのは、本当に千差万別ですよね。
俺が好きな牡蠣を女房は全く美味しくないと言いますし、女房の大好きなぶりやカンパチを俺は美味いとは思わないんですよね。
同じ、脳と舌と味覚を持って生まれてきているのに、なぜここまで違うんでしょうか?
もしかして、味覚というのは生まれた時から性格のように人それぞれ違うものを持って
生まれてきているのかもしれませんね。
だとすると、なぜ違うものを持つ必要があるのか?
そのさきには何を得ようとして、何を失っているのか。

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