哲学的思考

昨日は、さらに敵の作り方を運転しているときに、考えてみた。
なかなか、作ることが難しい。
誰を題材にしたのかというと、同意書を医師会の指示で書かないという
ドクターだ。

でも、これって何が難しいのかというと、そのドクターの敵を探すのに
何を成し遂げようとしているのかを知る必要があるんですよね。
難しいのは、それを俺は知らないということだ。

実際に何をドクターは成し遂げようとしているんでしょうかね。
本当になんだろう?
何か、夢があるのか?

待てよ。同意書を主人公にしてみたらどうだろうか?
同意書は何を成し遂げようとしているのか?

患者さんが良くなるためのパスポートではないか?
それを邪魔するものは、医師会の言いなりになっているドクターが障害になっていないか?
それを描写すればいいだけなのか?
だとすると

同意書は公の書類で、患者さんが自分の人生を全うするためにある
大切な書類だ。
それがあることで、少しでも回復の可能性が上がってくる。
しかし、その書類には関門がある。
その関門とは主治医のサインが必要だということだ。
でも、患者さんの体の状態が治療の適応症状であっても、医師会からの通達で
それは書かないように言われているから、書きませんと。
ドクターは何を成し遂げようとしているのか?
患者さんの回復を障害するためにそこにいるのか?
だとしたら医者の仕事というのは何を意味しているのか。
その書類がないことで患者は困っている。
患者さんだけでなく、その患者さんの周りにいる家族も今の生活を余儀なく変更される必要が出てくる可能性が高い。

でも、解決方法はあります。
それは、東洋医学の可能性を信じているドクターもいるということです。
その先生にあなたの健康を託すという方法です。

これが、同意書を主人公にした場合の物語です。
まだ、文章がうまく書けませんが。練習あるのみです。

今日は、晴れましたね!
気持ちがいいですやっぱり。

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