情報はなぜ

哲学的思考
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パパ
なんか急に右目が白くぼやけてきた。
白内障になっちゃったかな。

昨日の昼、滅多に来ない娘からLINEがきました。
なんでも、右目がだんだん白くぼやけてきて、痛くなってきたとのこと。
とりあえず、二十歳で白内障なんて聞いたことがないと返信したら
泣きながら電話を大学からかけてきた。

今年の頭くらいかな、俺も朝ランニングをしている時は平気だったんだけど、患者さんの所に行ったら、左目の視野が一部だけ白くなっていたので、眼科に行って調べてもらったら
角膜に傷がついていると言われたので、きっと娘も角膜に傷がついているのだと思いましたが、なんかパニくってたので、東海大にいるんだからそのまま受診しろと言ったのですが、教務課に言ったら、出来ないって言われた。
と電話があったので、直接俺が教務課に電話をしました。
担当の斉藤さんは「申し訳ございません。娘さんに勘違いをさせてしまいました。初診料で紹介状がない場合は7,700円かかるという意味で、予約がないので、結構待ち時間がかかってしまうという事を伝えたんです。」

それを娘が受診できないと情報を取ったのは、どういうロジックなのかは分かりませんが、
情報というのはなんなのか、なぜそうやってひよりは受け取ったのかが、俺には興味がありますが、コミュニケーションとはなんなのか?
教務課の斉藤さんがひよりに俺と全く同じことを伝えたのかどうかは確認できませんが、
もし同じ事を伝えていたのなら、なぜ転換してしまったのか。
実に面白い。

で、結局ひよりは早く原因を特定したいから、東海大と目と鼻の先の伊勢原協同病院へ
受診することにしました。
母親に電話を入れたら、伊勢原まで行ってあげるとのことだったので、よろしくと伝えました。

結局、俺が言った通り角膜に傷がついていたようで、点眼と軟膏を渡されて帰ってきたけど
瞬きの度に痛いとのことだったので、足に鍼治療を行いました。
疼痛には鍼が効きますから。
そうしたら、今朝は痛みが取れていて、今大学に行きました。

それにしても、情報はなぜ受けてによって変わってしまうのか?
文字は全く変わらないのに、耳に届いた後どういう処理が行われているのか?
それにはどれだけ音を鮮明に受け取っているのかが関係するのか。

 

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