家族に価値は?

哲学的思考

洗濯お願いします。

今日は、雨だったので、いつも雨の日は息子は女房が出勤がてら富水駅まで送っていくのですが、どうもその後の道路が混むらしくて今日は俺が息子を送って行きました。

そして、女房からLINEが。

 

洗濯お願いします。

それはいいんです。

でも、毎回毎回女物の洗濯物が大半を占めてるんです。

これが、ずっと続いていることに頭にくるんですよね。

特に娘。

当たり前のようにバイト先のエプロンやズボン、Tシャツを出しているんですよ。

今日も、それ。

 

なんで、俺がバイト先の洗濯物まで洗わなければならないんだ?

一回やそこらではないんです。

そして、一番頭にくるのは、当たり前のように洗濯を出して何も言わないこと。

当然、俺か女房が洗濯物を干して取り込んで畳むのが仕事だろ、みたいに思っていることが一番頭にくる。

 

だから、最近は娘の洗濯物は干すには干すけど、畳まないでそのまま娘の部屋に放っておくだけ。

当然だ。それが。

それだけでも、ありがたく思えって俺は思う。

それか、洗濯のバイト代を俺に払え。

 

洗濯屋だって、ちゃんとしているビジネスなんだ。

家庭だけが洗濯されていて当たり前なんてない。

 

こんな事を書く俺は心が狭いのか?

なぜ、イライラするのか?

提供している価値を認識してもらえないことからなのか?

食事の支度から洗濯、これはそもそも価値がないのか?

毎日やることは価値がないと感じるのは何がそうさせているのか。

 

もしかしたら、それを担当している人が問題なのかもしれない。

家族という認識が価値を低下させているのかも。

そこにはさらに親と子供という概念があるんだろうな。

子供は親がやって当たり前という意識がある。

これは正しいことなのか?

幼少期はそうであってもいい。でももう今年は21歳だ。

バイトだけしてそのお金を全て自分自身のために使うっていうのが俺は気に入らない。

そんな事を思った今朝でした。

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