大人とは自由を手に入れるのではなく足枷をはめられることなのか?

哲学的思考

なんでゴールキーパー?

昨日は10時から息子のサッカーのクラブチームの卒業会がありました。
3チームに分かれてゲームをやるので、その試合を撮りに行きました。
各チーム2試合ずつやりました。
その中で2試合目には息子はゴールキーパーをやっていました。
もうお祭りみたいなもので、みんな普段とは違うポジションで楽しんでいましたよ。

本当にあっという間でしたよ。
この3年間は。
中学一年の時は1部昇格戦ではSC相模原との戦い。
次の日は母校での5時間の講義があったので今でも緊張と興奮が混じり合った感情が
忘れられないですよ。

本当にみんな大きくなりましたよ。
息子も、1年の時はとても小さかったのに、昨日見たらかなり大きくなっていましたよ。
そして、サッカーを通して出会ったお父さん友達とも色々飲みに行ったりしましたけど
昨日で一緒に試合を見ることもなくなってしまいました。
これからは、新しい高校の部活の仲間との活動がスタートします。

人は、環境を変えることで新しい視点を手に入れることができます。
これは息子のゴールキーパーと一緒です。
いつもボランチで360度の情報を手に入れてサッカーをしている視点と
自分の後ろには敵がいないゴールキーパーの視点では
全く景色が違うし役割も違いますからね。

強制的に中学から高校にいくことで環境が変わる。
そうすると強制的に視点が変わる。
今までの自分の情報を上書きしなければなりません。
それで大人として成長していくんでしょうね。
いや、成長なのか?それとも衰退なのか?

というのも、大人になればなるほど自由を失っていく感じが俺はするんです。
大人という言葉は足枷のようなものだと。
大人とは自由に行動できるようになるのではなく、足枷をはめられることだ。

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