昨日は息子の最終模試の結果が出る日でした。
そして、目指している鎌倉高校の模試判定はGで、合格可能性は20%ほどでした。
なのに、まだ鎌倉に行こうとしているので、夕飯を食べながらその話をしたんです。
なぜなら、もう今週から願書の提出期限が迫っていたからです。
流石に、この時期から安全圏に行くことは難しいから、決めろと。
第二希望の座間高校はD判定で合格率は40〜49%と半分くらいです。
そして、第三の秦野は合格率は70〜79%と一番高く合格圏に入っています。
いつまでも、まだ大丈夫だと思っている息子にいい加減志望校を決定しろよと言ってしまいました。
というのも併願で相洋高校を出しているんですけど
親として相洋は行ってほしくなかったから、つい強い口調で言ってしまいました。
でも、しばらくして、これは俺が悪かったなと思い、瑠伽の部屋へ行き
「さっきは悪かったな。瑠伽の高校なんだからお前が決めなければいけないな。」と
謝りました。
そう考えると、まだまだ7つの習慣ができていないですよ俺は。
刺激と反応の間にスペースを開けることって難しいですね。
でも、なんで難しいんでしょうかね?
全てにおいてそれが出来ないわけではないんですよ。
ある事柄についてだけスペースが作れないんですよね。
それは、子供の将来についてです。
でも、それはなぜなんでしょうか?
なぜ子供の将来の時にだけスペースを見つけることが難しくなるんでしょうか?
それは、現実と理想のギャップを子供が見つめていられていないからでしょうか。
それに対して怒りのような感情が生まれてきてしまうからなのでしょうかね。
でも、それは俺が子供をコントロール出来ないことに対しての怒りなのか。
そもそもなぜコントロールしようとしているのか。
根底には子供には幸せになってもらいたいという思いがあるんだなと。

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