綺麗な桜の中の不自然な雲

哲学的思考

またかよ。
もう7年も前からだよ。
せっかくの日曜日の天気が良い朝のランニング中
ものすごく頭にくる。

というのも、7年前から飛行機から不自然な雲が撒かれている。
明らかに飛行機雲ではない。
なぜなら、飛行機雲というのは子供の頃から寒い冬に出ているからだ。
なのに、7年前コロナがちょうど始まる前あたりから、ずっと残っている気持ちの悪い雲が出始めた。

ChatGPTに画像を見せても、これは飛行機雲である。としか主張をしてこない。
でも、何度も飛行機雲ではないと論理的に説明してその後の時間経過ごとの写真を提示したところ、これは自然現象としての飛行機雲の可能性とは違うと間違いを認めました。

それから、俺は小田原市役所、気象庁に連絡を取ったが、気象庁からは3ヶ月連絡がない状態。

最近は特に酷い。
撒くときには徹底的に撒いている感じだ。
特に月曜日と木曜日、そして翌日が雨予報の時は前日。
これだけ長い間撒いていたら、そのリズムがわかってきますよ。

今日も、ものすごく空が汚い。
それは俺の中で子供の頃の綺麗な青空という比較対象があるからなのか?
それとも、得体の知れない雲の正体がわからないことに憤りを感じているのか。
でも、本当に得体の知らない事に怒りを覚えているのか?
だとするのなら、人生は怒りに満ちていなければならないからこれは違う。
もしかすると、知りたいのにその手段が見つからない自分に対して怒りを
覚えているのかも。
でも本当に手段がないのか?
それを探すのを面倒くさがっている自分に対してなのか。
その間の中の葛藤に憤りを感じているのが真実かも知れない。

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