おはようございます。
今日も、朝デニーズで事務仕事をやりながら患者さんの施術までの時間を
待っています。
今朝、家を出ると玄関から正面に俺が子供の頃に通っていた
幼稚園があるんですね。
で、その幼稚園は小さな森があるんですよ。
そこから、今年初めてなのか、俺が気づかなかったからなのか
分かりませんが、セミの鳴き声が沢山聞こえました。
その鳴き声を聞いて、ああ夏だなって感じたんですよね。
もう来年は50歳になりますけど、子供の頃は今の時期は夏休みで
毎日小学校のプールに遊びに行っていましたからね。
中学、高校はよくもこんな暑さの中でバレーボールをやっていましたよ、本当に。
あの地獄の高校合宿は今でも鮮明に覚えていますよ。
救急車が一日3台。
脱水できていましたからね。
いい思い出です。
大人になってから、特に社会人になってからの夏休みっていう記憶があまりないですね。
何をして過ごしてきたのでしょうか?
まだ、勤めていた時、子供が小さかった頃には、お盆には女房の実家に行って
色々な施設に行ってましたよ。
ドイツ村とか、華蔵寺公園とかですけどね。
こうやって昔の記憶を辿ってみると、どの家族も同じようなルーティーンをしてきているのではないかと思っています。
夫婦になったばかりは伴侶と出かけて、子供ができたら、子供のためにどこかに連れて行くと言った感じですかね。
でも、これって本当に子供のために行っているのかどうかは疑わしいですよね。
結局は全部自分自身のためにやってきているのではないかと。
自分自身のためでもあるし子供のためであるのかも。
それが同時に存在している。
いや、同時なのか?
どっちが優先なのか?
子供のために食事を作る。
それは親として当たり前の行為ですけど、
一方で、子供のために食事の支度をしない親は親ではないという信念があるからなのではないか。

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