損失回避

哲学的思考

今日もいい天気ですね!
なんだか、目覚ましをセットしていた時刻から1時間早く目が覚めました。
昨日も、新しい場所に車で行き、いい刺激を受けました。
そして、今週末は女房の実家に息子と女房とトトと帰省する予定です。
そうそう、昨日の朝から5月8日から続いていた右の鼻詰まりが
一日中なかったんですよね!
最高でしたよ!

普通であること。
普通に呼吸が鼻からできることがこんなに有難いことだと。
人間は失ってから初めて気づく生き物です。
だから、プロスペクト理論は今でも有効なんですよ。
損失回避理論。

そして、大きく人生を変えられたあのディケンズプロセスも
全て損失回避が元になっています。
だからこそ、医療ビジネスは最強なんですよね。
なぜなら、命を奪われることに直結しているからです。

最大の損失です。
なぜなら、その人の人生を損失するからだ。
今これを書いていて思ったのが、今のビジネスは損失の大きさに比例して報酬が高くなっているように感じる。
医者はもちろん、弁護士も。
でも、例外がある。
それは国会議員。
彼らは逆に俺たちに損失を与えながら大きな報酬を得ている。
おかしい。
いや、彼らは誰かの損失を回避しているのかもしれない。
それはアメリカの損失を回避しているから高額な報酬を得ているのかもしれない。
つまり、俺たちの損失など最初から考えていないということ。
だから、こんなにも物価高になっているのに、何も政策を打とう思っていない。
そればかりか、関係な皇室典範の改正や議員定数削減などを行っている。
やはり、前提を疑うこと、主体はなんなのか?それをもう一度再定義することで
見えている景色がまるっきり変わると。

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