当たり前

哲学的思考

朝から、イライラするんですよね。
なぜか?
前にも書いたと思いますど、うちの洗濯物の担当はいつの間にか、俺になっています。
で、朝干すじゃ無いですか?
今朝、洗濯機を開けたら大量に入っているんですよ。
そして、2階のベランダに干したところ、ほとんどが娘の洗濯物なんです。
一番頭に来るのが娘のバイト先の洗濯物も入っているんですよ。
エプロンとか、ワイシャツとか、ズボンとか。
ふざけるなよです。
なぜ、バイトに行っているところの洗濯を俺がやらなければならないのか?

俺にそこまでする義務はあるのか?
はっきり言ってない。
洗濯したからといって、娘から何も感謝の言葉をもらったこともない。
つまり、当たり前にそれがされているというふうに思っているということだ。

当たり前になった瞬間に、怒りが湧いてくる。
さて、ここで俺はどうしたらいいのか?
はっきりと娘に言うべきだと今、これを書いていて思った。
何も言わなければ、このまま変わらないからだ。

でも、人間はなぜ当たり前になってしまうのか。
当たり前とは一体、なんなのか?
それは意識にも上らないことなのか。
つまり、何も見えてもいない、聞こえもしないという定義なのか。

だとすると、当たり前という言葉すら見えていないと言うことになってしまうのか。
いや、見えても聞こえてもいるけど、何も有り難さを感じないことが当たり前なのか?
例えると、俺が毎朝飲んでいるアイスコーヒーのようなものなのか。
消費されるのが当たり前。
消費されていることさえ気づいていない。
損得もそこにはないものが当たり前なのか。

 

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