レモンの木

哲学的思考

今日もいい天気で、日曜恒例の朝ランに行ってきましたよ。
で、いつものように空を見上げると、あの雲があるんです。
どうりで昨日の夜は鼻が詰まって寝にくかったです。
朝になっても少し詰まっていました。
きっと、あの雲のせいです。

ランニングが終わって、玄関横の鉢を見て、そろそろやらなければなと。
何がかというと、レモンの木を昨年患者さんにもらったんですけど、
そろそろ鉢が小さくなってきてしまったので、大きな鉢に引っ越しをさせてあげなくては
たくさん身がつかないと思っていて、こんな時期になってしまいました。
土もなかったので、ビーバートザンに買いに行ったんですけど、その前が大変でしたよ。

何がかというと、今まで入っていたプラスチックの鉢から全然取り出せないんですよね。
というのも、根が多分ぎゅうぎゅうに詰まってしまっていて、下の穴からも出てしまっていました。
そのため簡単に取り出せないので、カッターとハサミを持ってプラスチックの鉢の解体から始めたんです。
かれこれ30分くらい格闘していましたよ。
無事に、解体が終わって、根が詰まっているので軽く土をほぐして、植え替えの準備をしました。

買ってきた土は柑橘用の土です。
腐葉土が混ざっているのがわかりました。

無事に、植え替えが終わって、昨日作った糠もかき混ぜて今、このブログを書いています。
でも、なんで年をとると、糠漬けやレモンの木やハーブに興味が出るんでしょうかね?
年をとればとるほど、原始的なものに戻っていくのかもしれません。
なぜか?
それが真の豊かさだと自然と気づいてくるからなのかもしれません。
つまり、自然との対話が一番豊かなことなのかも。
その果実や糠漬けを家族と分かち合うこと。
シンプルだけど、最高に豊かなことではないかと植え替え作業をやりながら考えていました。
便利さと豊かさは必ずしも比例していない。
不便さの中にこそ豊かさはあるのではないだろうか?

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