レトリックのその奥に

哲学的思考

昨日は朝1番の患者さんの施術をしているときに、なんか繋がった
という感覚になりました。
何が繋がったのかというと、伝えるために必要なことということがです。
そこで、思い浮かんだのが、レトリックと誠実さというキーワードでした。
レトリックというのはテクニックと同義語ですね。
そして、誠実さとは文字通り。
でも、これが難しいんですよね。
よく見せよう、相手を誘導しようと思ってレトリックを使おうとしてしまう。
これは、ある程度コピーライティングを学んでいる人が陥る罠です。
やっぱり、自分がそれで何かを買ってしまった経験があると、あの文章で俺は
買ってしまったんだという意識が働くんでしょうね。
だから、自分も同じようにそのレトリックを使うのが先になってしまうんです。
でも、それが先ではダメなんですよね。
なぜか?
その背景に誠実さが無いからです。
本当に自分が使って良かったから広めたいという気持ちが一番奥になければ
その熱量が伝わらないんですよ。
それを人はちゃんと見抜くんですよね。

誠実さを持った上で相手がどうしたら理解できるか考えてレトリックを使うと
それは相手にちゃんと伝わる文章ができるんですよ。

アリストテレスが言っていた
ロゴス・パトス・エートス
この3つが必要なんです。
結論的には。
大学の授業が面白く無いのは教授のエートスが不在になっているからなんです。

 

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