見抜く力

哲学的思考

世界がコロナになって、SNSを見るようになったんですけど
改めて、今思うことは見抜く力がそのまま生き抜く力になっていくんだと
思っています。

というのも、今でも毎日Xにはコロナのワクチンの後遺症の事や
接種後にすぐ亡くなってしまった遺族の投稿があります。
それに対して、国や厚労省はまだ大きな懸念は無いと一点張りです。
もう7年も立っているんですよ?

あの騒動で国民の9割がワクチンを射ってしまいました。
一方、打たなかった日本人が1割います。
この違いは一体なんだったんでしょうか?

俺は見抜く力だと思っています。
そして、その見抜く力の中に必須なものが2点あると思っています。
それは、哲学的思考と論理学です。

俺は、それを学んでいました。
そして今でもこの二つは学んでいます。
そうすることによって、不確定な事柄がまるでコンタクトレンズをつけた時のような解像度で物事を見ることができるようになるのです。
だから、娘と息子にもこの2つは学べと本を買いました。
世界では、コロナなんてもう何もなかったようになっているのに、まだ日本ではやっている。
そして、御用学者達はまた、麻疹でワクチン接種を促そうとしています。
流石に、今回は煽られる人は少なくなっているようです。
これは経験によって変化しただけで、本当の見抜く力がついたというわけではないと俺は思っています。

AIが発展していく中で、最終的な判断はいつの時代も自分の頭だと俺は思っています。
それは、自分だけでなく家族を守ることも含まれている重要なことだと。

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