親子丼とバーニャカウダー

哲学的思考

昨日は、夕方早く帰ってこれたので
バーニャカウダーと親子丼を夕食に作ってみようと思い、マックスバリューに寄って
食材を買いました。

でもなぜ、急に親子丼とバーニャカウダーかというと
親子丼は患者さんが娘さんによく作ると言っていたのを覚えていて
食べ盛りの息子にちょうどいいと思ったからで、バーニャカウダーは俺の大好きな
孤独のグルメで先週本厚木のイタリアンの店で名物料理だと言って出していたからです。

考えてみたらバーニャカウダーを最初から作るのは初めてでしたよ。
まずは、生クリームでニンニクを茹でるんですよね。
そして、柔らかくつぶれるまで茹でるんですよ。
そして、別のフライパンでオリーブオイルでアンチョビを痛めるんです。
それを少しずつ生クリームとニンニクのソースに混ぜていくんですよ。

完成したソースにきゅうり、にんじん、ラディッシュ、パプリカをつけて食べる。
生野菜がたくさん摂れましたよ。

一方、親子丼は醤油、味醂、お酒、砂糖で玉ねぎを煮るんです。
それから、鳥のモモ肉を別のフライパンで皮めを焼くんです。
それを煮た玉ねぎの中に入れる。
そのあと溶き卵を投入して完成です。(三つ葉は買うの忘れました。)

女房はバーニャカウダーを喜んでくれました。
息子は黙々と親子丼を食べて、2回に上がって行って、イヤホンをしながら爆睡していましたよ。

料理も、誰に食べてもらうかを考えて作ると
やっぱり、味も変わってくるんだよね不思議と。
同じ材料で同じレシピで作っても、作り手の味が出るんですよね。
なんででしょうかね?
文章と一緒ですよね。
同じ、文章を書いても絶対にその人の味が出ます。

そこには、科学的には解明できない何かが存在しているだと思います。
そう考えると、レシピとか文書の構成は何を意味しているんでしょうか?
ガイドライン的な意味しか持たないのでは。
つまりゴールは全く違うものになることが当たり前なのかもしれません。
でも、大体は想像できるということはゴールの位置が違うだけなのかも。
レシピとはゴールの一点を共有する物なのか。

 

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