成人式

哲学的思考

1月11日

今日は日曜日です。
そして、この1ならびの日って昔はポッキーの日?とか言っていませんでしたっけ?
あ、それは11月11日でしたっけ?

昨日の、夜は久々に一眼レフのカメラの充電をしましたよ。
というのも、今日は娘の成人式だからです。

あっという間ですね。
子供が二十歳になるっていうのは。
いまだに3歳の時の七五三の出来事がつい最近のように思えますよ。
そして、保育園の入園から、嘔吐で市立病院に入院。
小学校3年生の時、雲梯から落ちて手を骨折。
中学の時はコンビニに自転車を停めておいて、風で倒れてBMWを傷つけたとこ。。
(実際には傷ついてなかったので、何もありませんでしたが、その事件から一切自転車は乗らなくなりました。)

それから、高校に進学して学年でも10位以内に入って、今は大学の医学部の看護学科で勉強に、アルバイト掛け持ちして、遊んでいますよ。
で、今朝大井町の美容院に着付けに行きましたよ。
後で、迎えに行ってから実家によってじいじ、ばあばと記念に写真を撮ってあげようかと。
そのために充電して試し撮りをしましたよ。

さて、娘を迎えに行く前に息子を模擬試験の会場まで送って行こうとするかな。
それにしても成人式ってなんでやるようになったんでしょうかね?
しかも今は日本では18歳が成人の定義になりましたが、酒もタバコも二十歳からですよね?
その2歳で何が変わるんですかね?
小学生と中学生の変化ならわかりますが、18歳と20歳ってほぼ体の成長って変わりませんからね。
そんなこと当たり前だとして誰も考えないですよね。
そうやって、教育されてきましたからね。
なぜ、そうなったか?
それは誰が決めたのか?
本当はそれは何を意味しているのか?
これをとことん問い続けることが人生において重要なのではないでしょうか?
決して、答えは出ませんけどね。
その答えが出ないことにどれだけ慣れるか?

 

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