夏日と人間

いやー、昨日の夜は左の鼻が詰まっていてしかも暑くて寝苦しかったですよ。

あなたは、いかがでしたか?

 

昨日も書きましたが、施術中に水のように鼻水が垂れて来てしまったら

どうしようもないので、今朝は、女房が飲んでいる薬を一錠もらい飲んでみました。

女房曰く、全然効かないけどねと。

朝、梅干しのおにぎりを食べて、患者さんの家に向かいながら

昨日みたいだったら全然仕事にならないなと考えていましたが、どうやら

薬が効いているみたいです。

 

昨日が鼻水100だとすると今日は3位です。

なんだったんだろう?昨日は。

 

そもそも、人間は環境の変化に対して調節しうまく生きていくことを得意として来た動物です。

 

段々と文明が発達していくにつれて、快適な生活環境が当たり前の状況になって来てしまいました。

もちろん文化の発達は素晴らしいことです。

俺が小学校の時には1人1台の電話の時代が来るなんてまるっきり想像もしていませんでした。

やっと高校時代にポケベルができて、すげー文字になってメッセージが飛んでくる!

なんて興奮していましたからね。

 

さらに、現代はスマホで動画が見れますからね。

まるっきり魔法使いの時代ですよね。

 

一方、昭和時代はどうだっかというと、テレフォンカードすげー!

って言っていました。

なぜなら、比較するものが、過去の時代だからです。

 

人間の脳は比較することでしか認識することができません。

だから、俺の大嫌いな社会の授業の年表は全く覚えられないんです。

 

だから、娘や息子は今のこのスマホが当たり前にある世界は当たり前なんだと思います。

そう、比較ができないからです。

 

これから先、さらに文明が発達していった時に初めて子供達は認識することができるようになるんじゃないかと俺は思っています。

 

さて、現代のように環境が最適化された時代は良いことなのでしょうか?

俺は、そう思いません。

なぜなら、適応力がなくなっているからです。

 

人間的にも、適応できなくなれば死が近くなってくると思いますし、

思想的にも新しいアイデアが出てこなくなると思っています。

そして、コミュニケーション能力も環境が安定していれば磨かれないと思っています。

 

あなたは最適化された環境で生きていくことはいいと思っていますか?

それとも良くないと思っていますか?

 

ぜひ意見を聞かせてください。

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