節分と情報

哲学的思考

やっぱり情報アクセスモードってあるんですね。
というのも、俺の夢は女房と一緒にイタリアに行く事なんです。
もう何年前ですかね?
高校の同級生とイタリアに行ったのは。
で、今でもイタリアに行きたくてしょうがないんですよ。っていうか
イタリアに住みたいんです。
女房は、日本が大好きなので行きたくないみたいですけど。

それが、最近どんどん大きくなってきているんですよね。
イタリア語ももちろん毎日学んでいますし。
そんな時ここ数日クレジットカードでマイルを貯めるという情報が出てくるんですよ。
すごいですよね。
ジェームスに言われたように何が欲しいか、どうなりたいか
それを明確にすることでその情報が脳のネットワークに引っかかり出すんですよね。
でも、それは今の時代はもっと簡単になってきているんだと思っています。
というのも、今の時代はAIがそれこそ人の仕事を奪っていく感じで進化していますよね?

ジェームスの言う情報アクセスモードはあえて能動的に得るものであるのに対して
今の時代のマーケティングは受動的に情報が送られてくるんですよね。
と言うのも、何か検索することによって俺は今どう言うことに興味を持っているのか
とう情報がGoogleでもMetaにでも提供されるんだと思います。
なので相手は俺が検索した結果を提供するだけです。
すごい手法ですよね。
なので、最近はANAマイレージクラブとかがたくさん出てくるんですよ。
絶対に開いてしまいますからね。
でも、なぜ人間はその情報にばかり集中してしまうのでしょうか?
そもそも情報というのはなんでしょうかね?
俺が定義する情報というのは人生を生きていく中で自分にとって有意義なものだと
思っています。
間違いなく、イタリアに行くことは俺の人生の中で有意義なものになっているし
それに紐ついてマイレージというのは便利なものですからね。

では、今日は節分ですね。
女房に豆を買ってきてと朝言われていたので帰りに買ってきますよ。

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