足枷

哲学的思考

さて明日は節分ですね。
子供の頃は豆まきで楽しかった記憶がありますけど
大人になってからは楽しいと言うより、義務感でやっていると言った方が正しいと思います。
義務感というのはやらなければいけないこと。
つまり、無意識に課せられているものです。

この義務というのは悪魔の言葉です。
というのも、それをやらなければ相手からは信頼を失い
自分自身には罪悪感を植え付けるからです。

そして、この義務感という裏には何か巨大な利益が携わっていると思っています。
節分で考えると大豆が多分365日のうちに一番売れる時期でしょう。
そして、学校給食では牛乳が毎日出てきます。
なぜ?
巨大な利権が裏にあるからです。
この給食も義務という名を伏せた義務です。
当たり前のようにそこにありましたからね。
もう俺は牛乳を三十年近く飲んでいません。
なぜなら、牛乳は人間には吸収できないからです。
成分だけ見てみればカルシウムはたくさん含まれているんですが、
そのカルシウムは分子が大きすぎて人間には吸収できないんです。
だから、お腹を壊したり、緩くなったりするんですよ。

それなのに、出しているんですよ。
義務教育下で。
もっと自由な視点を得るためにはこの義務という枷を一度破ってみると良いかも知れませんね。

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